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仙台地方裁判所 昭和39年(行ウ)1号 判決

原告

片平六彌

被告

宮城県教育員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和三五年一一月一日原告に対してなした懲戒免職処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告はもと伊具郡丸森町立耕野小学校講師であつたが、昭和三五年一〇月一日右小学校講師を免ぜられ、同時に名取市立下増田小学校講師を命ぜられた。

二、被告は原告が所定の期日まで下増田小学校に赴任せず、名取市教育委員会及び下増田小学校長の赴任の催告若しくは職務命令にも従わなかつたとして右は職務上の義務に違反し、職務を怠つた場合に当るものとなし、同年一一月一日原告を懲戒免職処分に付した。

三、しかしながら、原告が下増田小学校に赴任しなかつたについては次のとおり正当な理由がある。即ち、

(1)  原告はその頃右足関節捻挫及び陳旧性左足関節捻挫の病気のため赴任できない状態にあつたので、同年一〇月一五日、同月二二日の二回にわたり下増田小学校長及び名取市教育委員会宛にそれぞれ診診断書を添えて赴任延伸届を郵送提出し、いずれもその頃右宛先に到着した。

(2)  原告は右赴任延伸届に有給休暇請求の意味をも含めてこれを提出したのであるが、右有給休暇の請求に対して名取市教育委員会から許否いずれの通知もなかつたから右休暇請求は承認されたものである。右のように原告は正当な理由があつて赴任しなかつたものであり、原告に職務上の義務違反、職務懈怠はないから、これを理由とする本件懲戒免職処分は違法である。

四、よつて原告は被告に対し右違法な懲戒名職処分の取消を求める。

と述べ、被告の主張に対し、

第一項は認める。第二項中、下増田小学校長がその主張の頃医師海上武光に会い原告の病状を尋ねたとの点は不知。原告の病気が赴任に支障のない程度のものであつたとの点及び原告の赴任延伸届に対し下増田小学校長がその都度これを承認しない旨回答したとの点は否認、その余の事実は認める。第三項中、原告が発令以来約一ヵ月にわたり赴任しなかつたことは認め、下増田小学校の事情及び本件懲戒免職処分が発令されるまでのいきさつは不知。

と述べ、証拠として甲第一ないし第六号証、第七、八号証の各一、二、第九号証、第一〇、一一号証の各一、二、三を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙第四号証の三、第五号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁及び主張として、

第一、二項は認める。第三項中、原告が病気のため赴任できない状態であつたとの点及び赴任延伸届が有給休暇請求の意味をも含めて提出されたとの点は否認、その余の事実は認める。

被告が原告を懲戒免職処分に付したのは次のような理由による。

一、原告はもと伊具郡丸森町立耕野小学校講師であつたが、昭和三五年一〇月一日被告より地方教育行政の組織及び運営に関する法律四〇条の規定により現職を免じ、名取市立下増田小学校講師を命ずる旨発令されたところ、原告は即日丸森町教育委員会において右辞令の受領を拒絶して赴任拒否の意思を表明した。

二、その後原告は本来の服務監督者である下増田小学校長及び名取市教育委員会のたび重なる赴任催告の職務命令にも従わず、本件処分発令時の同年一一月一日に至るまで赴任しなかつたものである。

この間原告は下増田小学校長に対し、同年一〇月一五日本望ほねつぎ治療院主本望八郎作成の診断証明書なる書面を添付した赴任延伸届を、同月二二日医師海上武光作成の診断書を添付した赴任延伸届をそれぞれ提出した。これに対し同校長は、それまでに同月七日及び一一日の二回にわたり、原告が下増田小学校に同校長を尋ねて赴任の意思がない首を言明した際の原告の行動及び同月一八日原告が訴訟のため仙台地方裁判所に出頭した際の行動を目撃して、原告の疾患が赴任自体に何ら支障がないことを確認し、更に同月二五日前記の医師海上武光に面接して原告の病状を尋ね、赴任に差支えない程度のものであることを確認したので、その都度原告に対する赴任延伸届を承認しない。直ちに赴任せよとの職務命令を発した。

三、以上のように原告が発令以来約一ヵ月にわたり赴任を拒否し、児童の教育を放棄してかえりみなかつたため、下増田小学校においては原告の担当を予定していた学級の児童の教育並びに学校の運営上大なる支障を生じ、もはや放置し難い事態におい込まれたので、遂に同校長は原告の行為をもつて教育公務員として重大な職務上の義務違反であり、職務の懈怠であるとして同年一〇月二八日名取市教育委員会に対し、懲戒免職の意見を具申するに至つた。名取市教育委員会においても同校長の右意見を支持し、被告に対し同様意見を具申した結果、被告においては更に慎重審議のうえ、その理由を認めて原告に対し本件懲戒免職処分を発令したものである。

よつて被告の原告に対する本件処分を違法として取消を求める原告の本訴請求は理由がない。

と述べ、証拠として乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一、二、三、第五ないし第八号証を提出し、証人堀川勝太郎の証言を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

原告がもと伊具郡丸森町立耕野小学校講師であり、昭和三五年一〇月一日被告から地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四〇条により現職を免じ、名取市立下増田小学校講師を命ずる旨発令されたこと、その後原告は下増田小学校長及び名取市教育委員会から赴任催告の職務命令を受けたがこれに応ぜず、同年一一月一日まで赴任しなかつたため、同日被告から職務上の義務に違反し職務を怠つたとの理由で懲戒免職処分に付されたことについては当事者間に争いがなく、証人堀川勝太郎の証言によれば、原告は名取市教育委員会規則の定めるところにより、辞令交付の日から七日間以内に赴任しなければならなかつたものであることを認めることができる。

そこで先ず原告が右転任辞令交付の日から七日以内に赴任せず、更に右期間を経過しても赴任しなかつたことが病気による正当な理由によるものであつたか否かについて判断する。成立に争いのない甲第一、二、四号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は当時右足関節捻挫及び陳旧性左足関節捻挫、左腓腸節断裂の病気にかかつていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。しかしながら原告が同年一〇月七日、同月一一日の二回にわたり下増田小学校を訪れていること、同月一八日民事訴訟のため仙台地方裁判所に出頭していることについては原告の認めて争わないところであり、右事実に成立に争いのない甲第五号証、証人堀川勝太郎の証言及びこれにより真正に成立したものと認むべき乙第四号証の三、原告本人尋問の結果を考え合せ考えれば、原告の右の病気は赴任には支障がない程度のものであつたことを認めることができ、前出甲第一、二、四号証も前記各証拠と照して検討すると右認定を覆すに足らず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そして原告が右病気を理由に同年一〇月一五日、同月二二日の二回にわたり下増田小学校長らに診断書を添えて赴任延伸届を提出した事実については当事者間に争いのないところであるが、成立に争いのない乙第二号証、第四号証の一及び証人堀川勝太郎の証言によれば、下増田小学校長は診断書を作成した医師に会つて病状を聞くなどして原告の病気が赴任に支障のない程度のものであることを確めたうえ、右一〇月一五日の延伸届に対しては同月一八日、右二二日の延伸届に対しては同月二六日原告申請の赴任延伸は承認できないから即刻赴任すべき旨催告したことを認めることができ右認定に反する証拠はない。

してみれば原告の病気は赴任しない正当な理由にならないものというべく、にもかかわらずこれを理由として右校長の赴任の延期を承認しない旨回答を無視し、前記のように右校長及び名取市教育委員会の赴任催告の職務命令にも応じないで同年一一月一日まで赴任しなかつた原告の行為は職務上の義務に違反し、職務を怠つたものというべきである。」そして公務員の懲戒権者が所定の懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかは懲戒権者の裁量に任されているところであるが、右処分の選択が社会観念上著しく妥当を欠き、懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えるものと認められるときは当該処分は違法となるものと解すべきところ、原告が昭和三五年一〇月一日の異動の発令と同時に丸森町教育委員会において赴任拒否の意思を表明したことは原告の認めて争わないところであり、成立に争いのない乙第六、七、八号証及び証人堀川勝太郎の証言によれば、原告は同月七日及び一一日下増田小学校を訪れた際、同人から赴任の催告を受けたが、異動が不当であるとの理由で赴任の意思ない旨を表明し、名取市教育委員会から同月四日、九日、一三日赴任の催告がなされたがこれに応じなかつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そしてすでにみたように、その後原告から提出された赴任延伸届に対しては下増田小学校長からその都度承認し難いから赴任すべき旨重ねて催告を受けているのに、発令の日から約一ヵ月間を経過しても赴任しなかつたものであり、証人堀川勝太郎の証言によれば、この間下増田小学校においては原告担任予定のクラスの児童に対して正規の授業を施すことが困難になり、かなりの時間を自習時間にせざるを得ない状態になり、父兄の間からも非難の声があがり、同校長から名取市教育委員会に対し同月二一日頃定員の増加若しくは代替教員の配置を要請したがこれまた実現しないなど、児童の教育及び学校の運営上大きな支障を来したことを認めることができる。

以上の事実を総合すれば、被告が懲戒処分中最も重い免職という措置をとつたのもやむを得ないことというべく、これをもつて重きに失し、裁量の範囲を逸脱した違法があるとは認め難い。次に原告は右赴任延伸届は有給休暇請求の意味をも含めて提出したと出張するが、成立に争いのない甲第七号証の二、第八号証の二、証人堀川勝太郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告の内心の意思はともかく、原告の右有給休暇請求の意思表示はなかつたと認められるから、これあることを前提とする原告の主張はその余の点を判判断するまでもなく理由がない。以上の次第であるから被告の本件懲戒免職処分に違法はなく、これを違法としてその取消を求める原告の請求は理由がない。

よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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